「侍ハードラー」為末氏インタビュー、第2の人生と投資哲学「精神論ありきの戦略は失敗」

2012-08-13

 陸上400メートル障害の日本記録保持者で「侍ハードラー」の異名を持つ為末大氏が第2の人生を歩み始めた。世界選手権で2度銅メダル獲得、トラック競技日本人初のメダリストと輝かしい実績を残した為末氏。衝撃の引退表明、そしてロンドン五輪代表選考会を兼ねた日本選手権で現役を終え2カ月が経ったいま、陸上ではない全く新たな世界に挑もうとしている。投資に関する著書もある同氏がこのほどインタビューに答え、引退後のキャリアや一流になるための戦略、投資哲学を語った。

米国での生活刺激に、引退しても勝負終わらない

――著書のなかで、ハードル選手として世界一になるのが最大の幸せであり大きな目標だと述べられていますが、そのハードルを辞めると決断されたときはどのような心境だったのですか?

 「やろうと思っていることがだんだんできなくなってきたのが大きいですね。誰にでも引退は必ずあって、普通の方は引退するのが60歳とか65歳だと思いますが、われわれの場合余生の方が全然長い。いつかは引退するだろうなとぼんやり20代後半ぐらいから考え始めて、じゃあ何やって生きていこうと。ハードルを選んだように何か世の中で僕がはまると勝てそうなもので、今度はそっちの勝負をやりたいと考えるようになった。本当に30歳ぐらいからはいつ引退してそっちの世界を始めるのか、でももう少し現役もやりたいという綱引きでした」

 「それでちょうどロンドン五輪を区切りにして、とりあえずこっちの世界の勝負はこれで終わりにしようと思いました。五輪までの1年間は競技にかなりコミットして、トレーニングもすごくやって、それでも全然駄目な感じだったんですよね。これではもういくらやっても無理だなというのは自分の感触としてありました。だから引退は結構周りから思われているよりも全然すがすがしいというか、結構すっきりしてましたね」

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インタビューに答える為末氏。投資・経済動向に高い関心を持ち、 好調な投信などについて記者が逆質問される場面もあった。

――引退後のことは現役時代から意識されていたということですか?

 「最後の4年は特にそうです。この年齢になると体力があまり回復しないので単純にトレーニングの時間も半分ぐらいになります。そこで空いている時間に色んなことを考えたり、情報を取ったり、人と話をしたりして、最後の3年間は米国にいたので色んな刺激も受けました。米国では引退した選手がビジネスを始めるなんてざらな世界です。日本は元スポーツ選手が起業家になったパターンはほとんどありませんが、そんな人は米国にごろごろいて、ハーバード大学で学ぶ人もいます。それを見て、引退しても勝負は終わりじゃないとふつふつと思うようになりました」

メダリストの肩書きでも厳しい現実、もう一度日本一目指す

――引退後のキャリアはどう考えますか?引退後初のプロジェクトとして「爲末大学」を始めようと思った理由は?

 「まず大きな話からすると、米国で会社を作りたいと思い、引退した後に向こうでMBA(経営学修士)を取ろうと考えていましたが、一方でIOC(国際オリンピック委員会)に働きかけるスポーツの国際政治のような世界もあり、すごい興味が出てきた。こうした世界でオリンピックを日本に呼んだ男というポジションを取れないかと探ったんですが、でもそれは北島康介君とか谷亮子さんが出る方が威力があって、僕はネームバリュー的に全然足りない。メダリストで肩書きになるかと思ったけどどうも厳しそうだなと。一度日本に帰ってきて、何でもいいからハードルのときと同じように日本一になってその肩書きで世界に出て行かないと、結局何かがない人間は相手にしてもらえないと思いました」

 「それで海外に売れるものは何かと考えたときに、教育と医療は日本が有効な気がして、スポーツと組み合わせが良いと思ったんですね。これがちゃんと作れれば高齢者のためのスポーツとか、子供向けの教育ができる。10年後20年後にヨーロッパはどこも高齢化社会になると思うので、一足早く高齢化した日本で医療費を圧縮できるような仕組みをスポーツでうまく作れば、色んな国に売れると思います」

 「ただ、本当は医療をやりたくて色んなお医者さんに話を聞きに行ったものの、大変な世界でまだ何をやって良いか分からないので、まずは教育ということで『爲末大学』を企画しました。色々な試合で海外に行くとディスカッション文化がすごかった。西洋だけかと思ったら中国人も韓国人もどんどん議論に入ってきて、日本人だけ静かに押し黙って聴いている。それは美徳としては良いかもしれないけど、やはりある程度異文化コミュニケーションのできる人間が出てこないとグローバルな人材育成は難しい。ディスカッションではないにせよ、人と意見を戦わせたり、対立させるおもしろさを実感して欲しいというのがこのプロジェクトです」

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引退後初のプロジェクトとなる「爲末大学」を始動。8月18日(土)には 「爲末大学、開校〜議論出来る人間を育てたい」を開催する。

自分の能力をドライに割り切る、精神論ありきの戦略は失敗

――為末さんは現在34歳ですが、同年代の会社員は仕事がだいぶできるようになって、一方で壁にぶつかって悩んでいるひとも多いと思います。スポーツとビジネスで一流になるために共通するものはありますか?

 「できないことをできるようにしようという方向に労力が向かい過ぎている気がしています。自分の能力をドライに割り切ることはあまりみんなしない。教育のせいかもしれませんが、できないことを埋めることにがんばるじゃないですか。でも、どの業界もやればできるとか努力し続ければかなうって言われながら、一流のひとは実はすごい打算的に勝負できる場所を選んでいる。スポーツ選手も最初に選んだ競技を一生懸命やったから金メダルが取れたと思われがちですけど、実際には駄目なものはズバズバ切って、できるものだけに努力を特化している。粘って勝つこともありますが、確率は低い。あくまでドライな戦略的思考の上に精神論があると思う。精神論ありきで戦略を考えるとまず失敗します」

 「例えば僕は走り方の特徴として足が速く回らず、どちらかと言えば大きなストライドで走るタイプでした。走るスピードはストライド掛けるピッチで決まるので、僕はピッチを捨てるしかなくて、ストライドが広くてピッチが遅くてもいい戦場を選ばないといけないと思った。100メートルを元々やっていましたが、ハードルを選んだのはあまり回転数が上がらなくても、ストライドが広い方が有利な種目だからです」

――投資について書かれた「インベストメントハードラー」を06年に出版されましたが、いま続編を書かれるとしたら、投資や金融について何を一番メッセージとして伝えたいですか?

 「投資の概念は、突き詰めて考えると限られているものを何に分配するかだと思います。皮肉なことに一番投資の感覚を痛感したのは、現役引退までの最後の4年間でした。昔だったらこれだけトレーニングすると24時間で回復していたのが、年齢を重ねると48時間とか60時間かかるようになり、トレーニングできる時間が3分の1とか半分になる。結局そうなると、行為としては捨てることが本質になります。無駄なものを捨てて、必要なものにトレーニングを集中的に投下する。引き算のセンスみたいなものをかなり考えるようになりました。結局投資も引き算のセンスだと思います。BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)や、BRICsのなかのインフラ系といったように絞っていき、最終的に選んだものに有限の資産を投じるということです」

 「あと時間の感覚です。僕の場合、引退するまでにやらなければいけないことがあった。もっと言うと人間はいつか死ぬので、時間は一番有限でそれを何に割り振るか。結局、それが投資から教わった人生の一番大事なことだと思います。メメントモリはラテン語で『死を思え』という意味の言葉ですが、これは究極の投資の言葉ではないでしょうか。投資の考え方を人生の選択に置き換えるような本を作ってみたいと思いますね」

為末大氏

為末大(ためすえだい)
1978年広島県生まれ。

『侍ハードラー』の異名をもち、日本では未だに破られていない男子400メートル障害の記録保持者(01年エドモントン世界選手権47秒89)。同大会で3位となり、トラック競技日本人初のメダリストになる。05年ヘルシンキ世界選手権でも銅メダルを獲得。シドニー、アテネ、北京五輪に出場。12年6月に現役引退を表明し、同月開催のロンドン五輪代表選考会を兼ねた日本選手権で25年間にわたる現役生活に幕を引いた。引退後初の本格的なプロジェクトとして「爲末大学」を始動、8月18日(土)には国連大学(東京都渋谷区神宮前)にて「爲末大学、開校〜議論出来る人間を育てたい」を開催し、医療・経済各分野の専門家をスピーカーとして迎え、ディスカッションを行う。

オフィシャルHP http://tamesue.jp/
twitter公式アカウント @daijapan

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